実写TNGパトレイバーと本広監督
ウィキペディアの本広監督の項目には
2013年に始動したパトレイバー実写化プロジェクトで監督の依頼があり、特撮担当に樋口真嗣、音楽担当に川井憲次というスタッフでミーティングまで行ったものの、メガホンをとるまでには至らなかったという。
と書かれていますが、これは間違いだと思います。記述の根拠となる情報の出典元として、
「パトレイバー」実写化の話は本広監督のところにもいっていた!特撮は樋口監督、音楽は川井さんで一回ミーティングもされていたそうな!! #マモルの部屋 pic.twitter.com/BtW8EdN5eb
— TNGパトレイバー (@TNGpatlabor) 2014年7月24日
上のTNGパトレイバー公式Twitterの投稿が挙げられているのですが、これは文脈の肝心なところが抜けています。
肝心なところ
TNGパトレイバーの展開時に独占放送をしていたスターチャンネルの企画の中に、このトークイベントを会員制ながらほぼノーカットで動画公開するという物がありました。もうその企画自体終ってしまいサイトも閉鎖されたので、現在はもう見れません。映像ソフトにはダイジェスト版で収録されているので、ノーカット版は闇に葬られたようなもんでしょう。
TNGパトレイバー劇場長編ディレクターズカットの劇場パンフに、トークイベントの採録があるんですが結構修訂が行われているので、なるべく聞き取れるそのままを書き起してみました、
司会「本広さんいろんな媒体でパトレイバー大好きっておっしゃってますよね?」
本広「はい、もう何度も。本当こう……2001年ぐらい、『アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜』*1てあるじゃないですか、あの辺で実はパトレイバーの実写化の話が来たんですよ僕んとこ」
司会「ええ?そうなんですか」
本広「特撮監督は樋口真嗣で、音楽は川井さんで、でそこでみんな会ってんすよ1回。FM TOKYOかなんかで、なんか(押井監督の方を伺いながら)5.1chのイベントっすかね?あんときに会って、じゃあ頑張りましょうなんて。パイロットムービーもあるんですよね(押井監督の方を伺う)、あの頃」
司会「へえ」
本広「お台場でレイバーが立って夕日の前に立つ奴と、押井さんのワンちゃんが踏切で待ってて、あれ実は僕らがあのプロジェクトに」
司会「そうだったんですかあれが」
本広「だったのに……」
司会「なのに」
本広「押井さんどう言うことっすか?!本当……おかしいでしょ」
司会「そしてなんか今日はね違う監督が監督した実写版パトレイバーのトークイベントに呼ばれて」
本広「そう。本当にねえ……もうダンマリですよ(押井監督を指して)」
本広「本当にパトレイバーを作ってるらしいって、もう物凄い僕らの業界では評判になって。本広さんやってるんでしょう?って全員が」
司会「聞く訳ですか?」
本広「全員僕に聞くんですよ。どうなんですか?って、で主役は誰がやってんですか?とか。なんかレイバー千葉の方走ってたらしいですよとか、もう、凄い聞くんすよ」
司会「でも答えられませんよね?」
押井「僕が答えると、だからその、本広くんを監督指名はあったんですよ」
本広「おっ、ちょっと!」
押井「プロデューサーの方で、監督ところで誰にします?っていうさ、シリーズだから3人くらい居ないと回らないから」
本広「はい」
押井「その時に本広くんの名前も確か入っていました」
本広「ちょっと……(落胆)」
押井「いやいやいや、だけど」
本広「何で今!」
押井「ちょっと色々あって、色々あってってか、最初にその、入る時の約束で、演出部を含めて監督は全部自分でやりますからっていう、それを条件に引き受けたんで」
本広「えー」
押井「しょうもない3人*2いるじゃないですか」
本広「しょうもないことはないですけど」
司会「あの、詳しくは第3章のブルーレイのオーディオコメンタリーを聞いて下さい」
本広「めちゃめちゃ面白いっすよ」
押井「あの3人を何とかこう、一人前の監督にしようってことも一つのテーマとしてあったので、今回は若手で行きますっていうさ。しかも全部実写映画上がりで、だからちょっと意外性があるかなっていうさ。本広くんとかもうベテランだから」
本広「全然ですよ」
司会「新人として呼ぶわけに行かないですよね」
本広「いや、まだまだ行けますよ本当、まだまだ」
司会「そうなんですか?(笑)」
本広「まだまだ」
押井「名前はいろいろ挙がったんです。有名なあの人とか」
司会「一応記者がいるので外に出しては行けないことは我慢していただいて(笑)」
押井「いや名前言えば、ああ、あの人っていうね」
本広「えー?」
押井「ただちょっとそれだと、もちろん僕は多分楽出来るなっていうさ思ったんだけど、任せれば全部やってくれるから。だけどちょっと違うことしたかった」
本広「なるほど、監督補佐とか、演出助手でよかったんですけどね」
司会「それこそ難しくないですか?」
本広「いや、押井さんここ押井イズム的にはですね、みたいな。物凄く勉強してるんで押井さんの」
と、ここで話が司会によって変えられるまで、こういった会話が続けられました。
この会話からも分かるように、本広監督は少なくとも『THE NEXT GENERATION パトレイバー』制作面での関わりがないのはお分かり頂けたと思います。ですから、
2013年に始動したパトレイバー実写化プロジェクトで監督の依頼があり、特撮担当に樋口真嗣、音楽担当に川井憲次というスタッフでミーティングまで行ったものの、メガホンをとるまでには至らなかったという。
とするWikipediaの記述は事実誤認。間違いです。
本広監督は2013年からProduction I.Gに所属してるそうですが(Wikipediaにこの事が書かれてからだいぶ経っているので、最近はどうなのか不明)、押井監督も席を置く同じ会社に居ながら何の話も無かったというのは、本人にしてみれば落胆しかないでしょうね。本広監督が総監督として関わった、Production I.G制作のアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』は、元々パトレイバーのような話を作ろうと始まったものだそうです。
本広監督は「パトレイバーをやりたい」という気持ちは今も収まってなさそうですが、新プロジェクト『パトレイバーEZY』の話を聞いてどう思ったのでしょう?
パイロットムービー
本広監督が「僕らがあのプロジェクトに」と言ったのは、1998年にデジタルエンジン研究所で制作された『PATLABOR LIVE ACTION MOVIE』のことでしょう。本広監督が挙げた
- レイバーが夕日の前に立つ
- 押井さんのワンちゃんが踏切で待ってる
という二つのシーンがこの『PATLABOR LIVE ACTION MOVIE』と一致します。LIVE ACTION MOVIEの制作は1998年(メカデザインの竹内氏が描いた絵コンテの日付は1998年7月4日)。この映像はプレステのゲームやDVDBOXに収録されています。
当時2000年公開に向けて制作中だった「G.R.M.(ガルム)」(仮)に参加する新人スタッフの3DCG研修用として作られたそうなのですが、教育テレビの番組でこの映像の一部が流されたは際に押井監督は
- この映像は正規の発注を受けた物ではなく、スタジオの内部での自主的なテストだった。
- 街中にレイバーが立っているシーンはやってみたかったことの一つ。
- ブルーバックを無しにどこまでやれるか。
と言っていました。それとニュータイプの記事では
新人スタッフのお勉強もそうですが、もうひとつどこまで乱暴にやってもOKなのか?つまり制作現場でやりたい放題に撮った映像を、CGや音声でどこまで作品として支えることが出来るのか?そんなテーマがあったんです。
基本的にはテスト映像ですから、技術的に高いレベルにも挑めたし、新人スタッフも出来ること出来ないことが分かったと思う。
と語っていました。
踏切に架線があるのにレイバー渡れるのか?という話があるんですが、映像を作り上げることを優先したテストであることを考えれば、さして問題ではないでしょう。
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TOKYO FMだかで5.1chのイベントの際に……という話は、1998年12月にTOKYO FMホールで行われたサウンドリニューアル特別上映会のことではないでしょうか?ただ、この時にこの実写版も上映されています。2001年くらいの時期で他にTOKYO FMと5.1chで引っ掛かるイベントが見つからないし、制作は1998年なので、2001年頃に本広監督に実写化の話が来たというのは、もしかするとこの後に別の実写企画があったのか?とも思うのですが、詳細不明です。もしかしたら本広監督の記憶違い?
雑誌の本広監督インタビューか何かで、パト実写化について他にも語っているのがあったような気がするのですが、年を食うとパッと思い出せなくて困ります。
どちらにしても、本広監督はTNGパトレイバーに関与していないことだけは確かなので、Wikipediaの情報は間違いでしょう。
追記
2000年代に入ってから、海外資本も参加する実写化企画の話があったという情報を得ました。もしかすると、本広さんが川井さんや樋口さんとミューティングしたというのはこの時の話しなのかもしれません。
以上追記
それと2017年9月25日現在、Wikipediaの本広克行監督の項目に以下のような記述があります。
本広の『踊る大捜査線』では、押井が警察内部のドラマを描いた『機動警察パトレイバー』からの影響が随所に認められ、本広自身も本作の文庫版第一巻巻末に寄せたコメントにおいて「踊る大捜査線は機動警察パトレイバーに影響を受けた」と告白している。(『キネマ旬報』)。その影響で、2013年に始動したパトレイバー実写化プロジェクトで監督の依頼があり、特撮担当に樋口真嗣、音楽担当に川井憲次というスタッフでミーティングまで行ったものの、メガホンをとるまでには至らなかったという。
2021年8月追記:打消し線の個所が削除されています。
本広監督がコメントを寄せたのは漫画版で(パトレイバーはメディアミックス企画であり、漫画版が原作ではないというのは『機動警察パトレイバー』原作者グループ・ヘッドギアのメンバーで、漫画版作者のゆうきまさみ先生が昔から言っている)、厳密に言えば押井監督は漫画版には一切タッチしていないので*3、このWikipediaの文章は変です。
本広の『踊る大捜査線』では、押井が原作者グループ・ヘッドギアの一員として警察内部のドラマを描いたアニメ『機動警察パトレイバー』からの影響が随所に認められ、同じくヘッドギアの一員であるゆうきまさみ作コミックスの文庫版第一巻巻末に本広がコメントを寄せた際、「踊る大捜査線は機動警察パトレイバーに影響を受けた」と告白している。
こう書くのが適切かと思います。